人気作である「思い出のマーニー」を自分なりに解釈してみました。
重なる思春期
とても多感な時期ということもあるが、周りとなじめず感情を閉じ込めている主人公杏奈。
私も10代の頃学校を休んでいたり、親にモヤモヤとした気持ちを抱えていたので、過去の自分と重ねてしまいます。
序盤はふさぎ込んでいる様子が多いので、同じく思春期の自分を思い出し、共感しながら見る方が多いのではないでしょうか。
杏奈には持病の喘息もあるようですが、心の問題の方が大きそうです。
母親とはまったく違う叔母さん
空気のいいところがいいということで、親戚の家にしばらくいることになった杏奈。
杏奈は徐々に外へ心を開くようになるのですが、実はこの叔母さんも大きなキーパーソンになっているなあと感じました。
例えば滞在先であった同年代の女の子に「太っちょブタ!」との暴言を吐き捨てたシーンは有名ですが、こんな杏奈に叔母さんは寛大に接します。
何かあったとしても、「ハハッ」と笑い飛ばしてくれる頼もしさや、過保護にならず自由にしてくれる寛大さが、杏奈のこの「ひと夏の経験」を裏で支えていた、とも思います。
恐らく育ての親である杏奈の母親だったら、「何てこというの!?」「一体どうしたら・・・」と深刻になり、おろおろしてしまうところでも、この叔母さんはまったく動じないのです。
外をウロウロ散策しているシーンもよく出てきますが、これが杏奈の母親だったら「どうしたの」「どこに行ってたの」「そんなの危ないわよ」などと止めてしまいそうです。
この叔母さんの「愛情のある態度で接しながら」「子供の世界には踏み込まない」という、ある意味で杏奈を信頼しているとも取れるこの態度が、マーニーと出会う冒険に一役買っているのでしょう。
その証拠に最後、親戚の家をあとにするときも「いい子だもん」と杏奈のことをきっぱりそう評価しています。
叔母さんは最初から杏奈のことをそう思っているので、あまり心配していないのです。
そしてそれが、他者の気持ちに敏感な杏奈が、のびのびと自分と向き合うゆとりを持たせました。
普通だと「暗い」とか「問題児」のように扱うこともありそうですが、この叔母さんは純粋に杏奈のことをいい子だと思っていて、逆に何を心配することがあるんだろうと思っているのではないでしょうか。
個人的にかなり好感の持てるキャラクターです。
杏奈の秘密
そして母親は、実の母親ではなく「育ての親」です。
実は自分を愛していないのではないか、産みの母親だってなぜ自分を捨てたのか、そんな気持ちがいつも杏奈の心には渦巻いています。
よってふさぎ込み、他者にも心を開けなくなっているのです。
そしてそんな自分も受け入れられずにいます。
マーニーとの出会い
そして杏奈はマーニーと出会います。
初めて心を開いて接することの出来る友達と出会えたのかもしれません。
マーニーは湿地帯のお屋敷に住む、華やかな女の子。
そんなマーニーと自分を比べ「うらやましい」「わたしもあなたみたいだったらよかった」と言うシーンまで出てくるほど、杏奈の劣等感は強いものです。
しかし、そこで対話を続けるうちに、マーニーにも不幸な身の上があり、自分とは違う孤独や寂しさ、心の傷があることを知り、ふたりはその「痛み」をお互いのものとして分かち合います。
ひょっとすると、この時点で杏奈の傷は癒えはじめていたのかもしれませんね。
マーニーは実際に現在はいない女の子だ、ということが分かったあとでも、マーニーと杏奈は心の絆を深めていきます。
ふたりの孤独を埋め合うように。
トラウマの象徴
マーニーが最も怖がることは、近くにある「サイロ」です。
古びた塔のような見た目をしたそのサイロに、閉じ込められそうになった経験から恐ろしくなってしまったのです。
その「トラウマ」となってしまったサイロに、杏奈が行こうと言い出します。
怖くないよ、ふたりなら怖くないから、と。
結果、怖がるマーニーに寄り添っている間にふたりは寝てしまい、起きるとマーニーはいません。
滞在先で仲良くなった女の子に、熱が出ていた杏奈は助けてもらいます。
「許すよ」
ふたりで一緒と言っていたのに、居なくなったマーニーに、杏奈は親を重ねていたのかもしれません。
湿地帯へ向かった杏奈。
お屋敷の窓からマーニーが顔を出します。
「杏奈ごめんね」
それに対し杏奈は「どうして私を置いていったの?」と怒ります。
マーニーは謝ります。
そして「許して、お願い。許して杏奈」
杏奈は目に一杯涙をためて「許すよ!!」と大きく力いっぱい答えます。
これがマーニーとの最後の会話になるのです。
トラウマが癒えた瞬間
実はこの会話はマーニーとしているようで、自分の境遇への答えを語っているのだと思います。
今まで「どうして自分を捨てたのか?」と自分の母を恨んでいた杏奈。
それが親や周囲、自分への不信感に繋がっていました。
しかしここでマーニーに「許す」と答えたのは、この自分に起きたことを許したということが含まれているのでしょう。
マーニーが自分を置いていったのも、嫌なことをしようとしたことではないはずだ、と悲しみながらも杏奈はどこかで気付いているはずです。
だったらなぜ許せないということがあるのか。
もちろん寂しかったけれど、大好きなマーニーのことを許せないわけない、という思いがその言葉には含まれています。
それと同じく、自分の境遇に対しても、受け入れることが出来るようになったのだ、と思います。
マーニーとの出会いによって。
色々あったけれど、そこにはきちんと愛があったのだ、ということを体感として理解した瞬間です。
この「許す」という言葉を発した瞬間、杏奈のトラウマは癒えたのだと思います。
マーニーのトラウマを癒そうとした結果、杏奈のトラウマも癒えたわけです。
マーニーは何だったのか?
マーニーは実は杏奈のおばあちゃんの幼いときの姿だった、ということが後半で明かされていきます。
もちろん、おばあちゃんはもう亡くなっているのだから「幽霊」という解釈が正しいのでしょう。
ただどちらかと言うと、私は「寂しい孤独な杏奈の心」と「同じく孤独を感じるマーニーの心」が時空を超えて繋がったように見えました。
この作品のとてもいいところは、このふたりの孤独と愛が引き合い、特別な環境化でマーニーと繋がるというファンタジックな描写にあります。
実際、マーニーといるときに、あたたかさの象徴のような親戚夫婦の話をしたとき、気付くとマーニーが消えていた、というシーンがあります。
「愛」や「あたたかさ」などを感じているときには、マーニーはいなくなる、会えないのだと思います。
おばあちゃんだから、閉じこもり気味な杏奈を心配して現れた、そして愛を伝えてくれたという解釈も出来るかもしれませんが、この作品ではふたりは対等に接しています。
おばあちゃんが一方的に杏奈を心配して可愛がるのではなく、お互いに同じ目線で楽しみ、遊び、はなし、ふたりで孤独を癒したように感じました。
そして愛もふたりで与え合っています。
杏奈の変化
コンプレックスと孤独を抱え、心を閉じ、そしてその傷に触れられそうになると攻撃的になっていた杏奈の姿はエンディングには見られません。
聡明で、心をオープンにして素直に人と接している様子が描かれています。
これが本来の杏奈だったのです。
愛に対して懐疑的だった杏奈ですが、自分は本当は愛されていたのだ、ということを知ることで、本来の杏奈がいきいきと現れるようになったのでしょう。
寂しいマーニーの孤独と、あたたかい愛に触れることによって。
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